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頂上に数多のシャベルカー師走

小山正見

久しぶりに昼間ずっと家に居た。何人もの人が「ふみちゃんのシュトーレン」を受け取りに来てくれた。久しぶりにお目にかかる人もいて楽しい時間を過ごした。
午後の4時を過ぎた頃、今日の「日の入」が16時28分であると知った。
12月の初旬が一番日の入が早いらしい。
「あと20分しかない」
明るいうちに散歩に行くことにした。
井田山を目指した。井田山は、11月の初旬にも訪れた。その時は、

古き町新しき町鳥渡る

と、武蔵小杉のタワーマンションを見ながら詠んだ。
井田山の麓の日吉公園の木々の紅葉は進んでいた。楓は恐ろしいほど赤く染まっていた。
頂上で音がする。ブルドーザーかシャベルカーの音だ。急ピッチで工事が進んでいるようだ。畑だった土地が造成されているのだ。宅地にするのだろう。道路らしきもの、住宅地らしきものの形が現れ始めている。
すでに日没の時刻は過ぎたが。工事の手は止まる気配がない。
もちろん、すぐそばまで住宅が迫っているとは言え、ここは山の頂上だ。こんなところに家を建てて住みたい思う人がどれだけいるのだろうか。見晴らしは確かにいいが、一番近くのバス停留所「井田病院」まで歩いて10分近くかかる。駅に出るまで大変だ。晴れて気持ちがいい日ばかりではない。しかも歩いて行けるところに商店は一軒もない。
買い物に出るにも車に頼るしかないだろう。人ごとながら「住みにくいだろう」と心配になってしまう。
確かに最近は、ウーバイーツもあるし、生協ばかりか、コンビニも宅配をしてくれる時代だ。それに頼るつもりなのだろうか。
若いうちならまだいい。年たったらどうするつもりなんだろう。賃貸ならば、住み替えればいい。しかし、宅地造成ということは、おそらく持ち家を建てるつもりなのだろう。
そのうち自動運転の車ができると高を括っているのだろうか。
相続するにしても子ども達はここに住みたい思うとは限らない。負の遺産となり、最後は廃墟になってしまうのではないか。住宅が建つ前から朽ち果てた住宅街が眼裏に浮かんでしまう。
杞憂であればいい。科学技術も進歩し、社会も変わる。心配を吹き飛ばす解決策を事業者も建設業者もきっと用意しているだろうと祈るばかりだ。