俳句フォトエッセイ2024.08.13街かわり人のかわれど星祭小山正見用が出来て、渋谷に出かけた。日が落ちて幾分気温が下がったような気がする。センター街は、人で満ちていた。みんな若い。仙台で見るような七夕飾りが垂れている。昔もそうだった。いつの時代もこの場所は、若い人で満ちていた。外国人が増えた以外、何の変わりもない。僕らの世代が、僕らの弟や妹の世代になり、そのうち子どもの世代に、今は孫のような世代になっただけだ。店も変わっているのだろうが、定かにはわかない。スペイン坂を過ぎて、東急ハンズが見えてくると幾分ホッとする。ここは知っている場所だ。この近くに「壁の穴」というスパゲッティ屋があった。穴蔵みたいな店だった。今あちらこちらに支店があるが、本店はまだあるのだろうか。渋谷駅は、大幅に変わった。東横線の終点だった。改札を出て、階段を登るとすぐ地下鉄銀座線の改札口だった。階段を降りれば山手線の改札があった。その渋谷駅は、複雑になった。今は迷路だ。いくら地図を見ても、自分が何処にいるのかわからない。まだ工事は続いているようだが、大きなビルは一応全て完成したという話だ。東急文化会館がまず最初にヒカリエに変わった。東横デパートの辺りは、渋谷スクランブルスクエアだ。初めて、スパゲッティというものを食べたのは東横デパートの食堂だった。ナポリタンとミートソースは魅力的だった。ショーケースの中のサンプルが懐かしい。東急文化会館には、五島プラネタリウムがあった。太陽とベガの比較模型があり、宇宙の大きさに心躍った。新しくできた巨大ビルには入ってみる気さえ起きなかった。宮下公園には、エスカレーターが設置され、三階建になっていた。それでも渋谷は渋谷だ。これからも渋谷は、喧騒を続け、若い世代の街であり続けるのだろう。きっと、それが渋谷なのだ。
用が出来て、渋谷に出かけた。日が落ちて幾分気温が下がったような気がする。
センター街は、人で満ちていた。みんな若い。
仙台で見るような七夕飾りが垂れている。昔もそうだった。
いつの時代もこの場所は、若い人で満ちていた。外国人が増えた以外、何の変わりもない。
僕らの世代が、僕らの弟や妹の世代になり、そのうち子どもの世代に、今は孫のような世代になっただけだ。
店も変わっているのだろうが、定かにはわかない。
スペイン坂を過ぎて、東急ハンズが見えてくると幾分ホッとする。ここは知っている場所だ。この近くに「壁の穴」というスパゲッティ屋があった。穴蔵みたいな店だった。今あちらこちらに支店があるが、本店はまだあるのだろうか。
渋谷駅は、大幅に変わった。東横線の終点だった。改札を出て、階段を登るとすぐ地下鉄銀座線の改札口だった。階段を降りれば山手線の改札があった。
その渋谷駅は、複雑になった。今は迷路だ。いくら地図を見ても、自分が何処にいるのかわからない。
まだ工事は続いているようだが、大きなビルは一応全て完成したという話だ。
東急文化会館がまず最初にヒカリエに変わった。東横デパートの辺りは、渋谷スクランブルスクエアだ。
初めて、スパゲッティというものを食べたのは東横デパートの食堂だった。ナポリタンとミートソースは魅力的だった。ショーケースの中のサンプルが懐かしい。
東急文化会館には、五島プラネタリウムがあった。太陽とベガの比較模型があり、宇宙の大きさに心躍った。
新しくできた巨大ビルには入ってみる気さえ起きなかった。宮下公園には、エスカレーターが設置され、三階建になっていた。
それでも渋谷は渋谷だ。
これからも渋谷は、喧騒を続け、若い世代の街であり続けるのだろう。
きっと、それが渋谷なのだ。