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荒梅雨や母とおんなじモーニング

小山正見

突然、母のことを思い出した。
きっかけはモーニングである。
このカフェの、この同じ場所に座って、母も同じモーニングを食べていたことに、思い当たった。
家から歩いて約2 分ほどにある上島珈琲店である。ここは一人で暮らしていた母の絶好の居場所であった。
母は93歳まで生きた。あと一ヶ月で94になるはずだった。
93歳の時、母はこの珈琲店のこの席に座り、小説を書いている。
「丸火鉢」と題するこの小説は母が父と出逢う前、結婚するはずだった男との関係を描き、次第に父に心を惹かれていった事情が克明に描かれている。
母は戦後すぐ、親戚を頼って川崎に居を構えた。
僕の子ども心の最初の記憶は母に手を引かれて、質屋の暖簾をくぐった場面である。
戦後の生活の苦労は並大抵ではなかっただろう。
母は家計を助けると言う意味もあって、自宅で英語教室を開き、40年に渡ってそれを続けた。夕ご飯は教室が終わる夜8時以降だった。
ぼくは大学進学を機に家を出た。そして母の亡くなる一年前まで、川崎に戻らなかった。
父正孝が亡くなってから12年。母は父を思い続けて旅立った。
母の人生が荒梅雨に翻弄されたのか、乗り越えたのかと問われたら、迷いなく「乗り越えた」と僕は答える。