【大好評】「咲満ちて小山正見の俳句フォト カルタ」販売中!

春の宵金色夜叉の動き出す

小山正見

金色夜叉とは、明治の文豪尾崎紅葉の小説の題名である。
熱海の海岸にある貫一とお宮の像は観光名所になっている。
「来年の今月今夜、この月を僕の涙で曇らせてみせる」の台詞は有名だ。
この小説は、五年間にわたって、当時の読売新聞に連載されたもので、よっぽど人気があったのだろう。前編、中編、後編の後に続金色夜叉、続々金色夜叉、新金色夜叉と続き、結局未完のままで終わる。作者の尾崎紅葉が三十七歳の若さで亡くなったからである。
この紅葉といい、子規といい、近代の日本語を作った大作家は若くして亡くなっている。
漱石は長生きと思われているが、それでも四十九歳で亡くなっている。
金色夜叉は、青空文庫で誰でもただで読むことができる。
さて、写真の金色夜叉。お馴染み「動かない」というパフォーマンスである。
写真には写っていないが、周りに電飾の飾りを施し、金色夜叉の「像」の前にはお金を入れる大きな箱が置いてある。百円だと、ちょっと会釈をする。五百円だとお辞儀をする。一万円入れると飛び跳ねて握手をしてくれるらしい。
重ねて「一円玉や十円玉では動きません」と注意書きが添えられている。
周りには、誰一人立ち止まっている人はいなかったが、箱の中には千円札らしきものも数枚入っていた。かなり長い時間ここに立っているのだろう。
見栄を張って、千円札を入れた。金色夜叉は深々とお辞儀し、両手をくるくると回してくれた。そして次の瞬間にはすでに元の姿勢に戻っていた。
金色まみれの体から孤独の気配が漂ってくる。仕事を終える時、金色夜叉は、どのような動きをしながら台を降りるのだろう。そしてどうやって一人の男に戻るのだろう。