俳句フォトエッセイ2025.03.14料峭(りょうしょう)やああ志村けん志村けん小山正見料峭の「峭」は「きびしい」と言う意味で、春風か寒く感じられるという季語である。俳句を始めると今まで知らなかった言葉に出会えるのが嬉しい。先日、東村山市の学校から俳句教室に呼ばれた。あの志村けんが卒業した学校である。駅前に志村けんの銅像がある。袴姿で、何となく真面目くさっている印象も無くはない。そのまま漫画にでもなりそうな「如何にも志村けん」というようなはっちゃけた顔ではなかった。その昔、萩本欽一とドリフターズが夜の8時台で競いあっていた。聴衆を巻き込む欽ちゃんが優勢になりつつあった時、ドリフターズの救世主として現れたのが志村けんだ。「カラスの勝手でしょ」じゃんけんの「最初はぐー」「だいじょうぶだー」ヒゲタンス次から次へとヒットを飛ばした。その志村けんが死んだ。コロナである。コロナは、2020年1月15日に日本での最初の感染が確認された。クルーズ船ダイアモンドフリンセス号が、毎日テレビ画面に映し出された。急速に危機感が高まり、社会はパニックに陥った。志村けんが亡くなったのは、3月29日である。発症から2週間後のことだ。新型コロナウイルスの恐怖は志村けんの死によって一気に日本中に広まったと言って良い。カミュの『ペスト』が読み直され、人類の歴史は感染症との戦いの歴史であることが今一度心に刻み込まれた。そのはずである。あれからまだ5年しか経っていない。志村けんの銅像は静かに東村山の駅の前に立っている。しかし、振り返ってみる人はいない。これからの地球と人類はどうなっていくのであろうか
料峭の「峭」は「きびしい」と言う意味で、春風か寒く感じられるという季語である。
俳句を始めると今まで知らなかった言葉に出会えるのが嬉しい。
先日、東村山市の学校から俳句教室に呼ばれた。あの志村けんが卒業した学校である。
駅前に志村けんの銅像がある。袴姿で、何となく真面目くさっている印象も無くはない。
そのまま漫画にでもなりそうな「如何にも志村けん」というようなはっちゃけた顔ではなかった。
その昔、萩本欽一とドリフターズが夜の8時台で競いあっていた。聴衆を巻き込む欽ちゃんが優勢になりつつあった時、ドリフターズの救世主として現れたのが志村けんだ。
「カラスの勝手でしょ」
じゃんけんの「最初はぐー」
「だいじょうぶだー」
ヒゲタンス
次から次へとヒットを飛ばした。
その志村けんが死んだ。コロナである。
コロナは、2020年1月15日に日本での最初の感染が確認された。クルーズ船ダイアモンドフリンセス号が、毎日テレビ画面に映し出された。急速に危機感が高まり、社会はパニックに陥った。
志村けんが亡くなったのは、3月29日である。発症から2週間後のことだ。新型コロナウイルスの恐怖は志村けんの死によって一気に日本中に広まったと言って良い。
カミュの『ペスト』が読み直され、人類の歴史は感染症との戦いの歴史であることが今一度心に刻み込まれた。そのはずである。
あれからまだ5年しか経っていない。志村けんの銅像は静かに東村山の駅の前に立っている。しかし、振り返ってみる人はいない。
これからの地球と人類はどうなっていくのであろうか