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夜の秋『ゆうすげびとの歌』を読む

小山正見

よく見ると、この絵の下に小さく「紅子」と署名がある。深沢紅子である。
昭和56年に刊行された異装版『ゆうすげびとの歌』のカバーの裏表紙に置かれたゆうすげの絵だ。
深沢紅子は野の花を描く画家だ。立原との縁も深い。深川紅子野の花美術館が軽井沢にも盛岡にもある。
立原道造の『萱草に寄す』は楽譜のように大きな本だが、この『ゆうすげびとの歌』はB5版ほどの大きさ。「のちのおもひに」を含む5篇の詩だけで編まれた、ただ一冊の手作りの詩集である。長いこと、人目に触れず立原家の箪笥の奥に眠っていた。いかにもひっそりした美しい詩集である。
先頭の詩は以下である。

はじめてのものに
         立 原 道 造

ささやかな地異は そのかたみに 
灰を降らした この村に ひとしきり
灰はかなしい追憶のやうに 音立てて
樹木の梢に 家々の屋根に 降りしきつた

その夜 月は明かつたが 私はひとと
窓に凭れて語りあつた(その窓からは山の姿が見えた)
部屋の隅々に 峡谷のやうに 光と
よくひびく笑ひ声が溢れてゐた

───人の心を知ることは……人の心とは……
私は そのひとが蛾を追ふ手つきを あれは蛾を
把へようとするのだらうか 何かいぶかしかつた

いかな日にみねに灰の煙の立ち初めたか
火の山の物語と……また幾夜さかは 果して夢に
その夜習つたエリーザベトの物語を織つた

『ゆうすげびとの歌』は少なくても四回以上覆刻版が出されている。全て堀内氏の手によるものだ。立原の全集が何回か出され、偲ぶ会が10年に渡って行われた。これを支えたのも堀内氏だ。

立原道造を偲ぶことは、同時に堀内達夫氏を讃えることでなければならないと思う。