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おじちやんの形見纏ひぬ弥生かな

小山正見

3月11日。東日本大震災から14年である。
あの日、あの時、僕は江東区役所の6階にいた。書類ケースから書類が飛び出し、天井から吊ってあった看板が落ちてきた。帰宅すると、食器棚が1メートル程動いており、中の食器は半分程割れていた。
妻は「一人でいるのは怖い」と隣の家に身を寄せていた。
今日一日中、テレビは震災の話を流していた。
3月11日は、ぼくにとってもう一つ重要な意味がある日だ。山崎剛太郎さんの命日だからだ。剛太郎さんは、フランス映画の字幕翻訳のレジェンドである。
剛太郎さんは父・小山正孝の親友だった。府立四中以来の仲だ。
「山崎剛太郎『薔薇物語』刊行に寄せて」という正孝の文章に次のくだりがある。
「代々木駅のプラットフォームで、生物学の深井五郎先生に逢つたことがある。逢つたといふより見つかつたと言ふべきか。・・・「お前たちはいつも二人でいつしよにゐるね」「どうしていつも二人でゐるのかね」「お前たちは同性愛じやないのかね」。山崎と僕は顔を見合せて笑つた。先生の乗つた電車をやり過ごしたあと、二人はふたたび顔を見合せて、二人とも声をあげて笑つた。少し前に変声期をすごした二人の少年の笑ひ声。それは今も爽快なひびきを持つ。」
正孝は86歳で亡くなったが、剛太郎さんは103歳まで生きた。僕は子どもの時と同じように可愛がってもらった。剛太郎さんはぼくにとって「永遠のおじちゃん」である。
特別な時には、ぼくは剛太郎さんの着ていた、そして形見としていただいたブレザーを着ることにしている。この3月はそんな機会が3回もある。